塚本塾の核、個別演習指導とは?

生徒が自分で問題に取り組む。その様子を見て、必要なところで塚本が関わります。

こう書くと、「問題を解かせて、わからないところを教える塾かな」と思われるかもしれません。

でも、それだけではありません。

一人ひとり、対面で見ます。
一問ずつ、一文ずつ、一語ずつ。
必要なところには、かなり鋭くツッコみます。

本当にできているのか。自分の言葉で説明できるのか。
そこまで確かめるのが、ウチの個別演習指導です。

正解していても、ツッコみます

答えが合っていれば、それでお咎めなしなのか?笑

自分で考えて正解した。
覚えていた解き方に当てはめた。
選択肢を何となく選んだら、たまたま当たった。

答案につくマルは同じでも、その中身は違います。

だから、正解した問題にもツッコみます。

たとえば、国語の選択問題なら、こんな確認です。

「本文のどこから、そう考えた?」
「この選択肢の、どの部分まで正しいと言える?」
「もう一つの選択肢は、どこが違う?」

選んだ答えだけでなく、そこに至る考え方を見る。

説明しようとして言葉に詰まれば、何が曖昧だったのかを確かめる手がかりになります。
言葉が出にくいのか、本文の読み取りに穴があるのか。そこも見ます。

マルをつけて終わるところから、もう一段、踏み込む。

そこに、この指導の意味があると考えています。

Aくんには聞く、でも、Bさんには聞かない

同じ問題に同じ答えを書いていても、同じ対応をするとは限りません。

Aくんにはツッコむ質問を、Bさんの場合にはスルーするかもしれません。

そうすることが最適だと、今、塚本が判断しているからです。

たとえば、何となく答えを出して先へ進みがちな生徒には、いったん立ち止まって、根拠を確かめてもらう必要があります。

一方、自分で筋道を立てて考えている途中なら、こちらが質問を重ねることで、その思考を止めてしまうこともあります。

今、確認するのか。
少し待つのか。
ヒントを出すのか。
もう一度、自分で考えてもらうのか。

その生徒の理解度や特性、今取り組んでいる課題を見て判断します。

個別に指導するというのは、使う教材や進む速さを変えることだけではありません。関わり方そのものを変えることです。

一問ずつ見るからといって、全員の全問に、同じ質問を浴びせるわけではないのです。

「そこまで見られるのは、いややな~」という人へ

一問ずつ、一文ずつ、一語ずつ。
自分の考えたことを確認される。

「そんなに細かく見られたり、ツッコまれたりするのは、いややな~」

そう思う人は、よその塾のほうがいいと思います。

答えが合っていたら、それ以上は聞かれたくない。自分の考え方に踏み込まれたくない。
その気持ちが強ければ、ウチの指導はしんどいでしょう。

ただ、ツッコむのは、できないところを責めるためではありません。

曖昧なところを見つけて、本人が考え直せるようにするためです。

間違えるのは構いません。説明がうまくできなくても、そこからです。

でも、「何となく合っていたから、まあいいか」で済ませず、もう少し考えてみる。自分の答えに根拠を持とうとする。

そういう勉強に取り組みたい人には、この細かさに意味があると思います。

塚本の目と手が届く範囲でやっています

個別演習指導は、生徒が自分で問題に取り組む時間が土台です。

その時間に、どこを見て、どこにツッコみ、どこで待つか。
ここは、指導する側の判断です。

この細かさを、塚本自身の判断で、一人ひとりに合わせて続ける。
塚本塾の強みは、ここにあります。

当然、塚本が見られる人数には限りがあります。

だから、目と手が届く範囲内でだけ、やっています。

塾を大きくして、見る側の目が届かなくなったら、今お話しした指導は続けられません。

ウチの塾が小さいことと、指導の細かさは、つながっています。

一人ひとりの答案を見て、その向こうにある考え方まで確かめる。

塚本塾が大切にしている、個別演習指導です。

※小さな塾で指導することへの考えは、「個人塾の覚悟」でも書いています。※